ネットワーク論語・網子Ver1.01(試供品)

このページは、わが師・伊達屋酔狂が感得した「網子」(ネットワークの教え) を紹介するために開設された。著作権は伊達屋酔狂にある。

中国福建省の方務柄寺の学僧が、夢で、寺の古い壁の中からの「掘れ」という 声を聞いたのは1996年5月28日のことであったという。

夜中に目を覚ました学僧は禁を犯して、古くから「火壁」(ファイアウォール) と呼ばれているその壁に近寄り、月明りの元でその壁を崩しはじめた。

表面の壁土は手でくずせたが、その先にさらに古い漆喰の壁が現われた。 しかし、学僧は諦めず、夢の声が聞こえた箇所とおぼしきところを叩いた。 すると、そこは壁の不良箇所であったのか、いとも簡単に穴が空いた。 以後、学僧の名前をとり、この穴のことを人々は「瀬奇里程穴」 (セキリテイ・ホール)と呼ぶようになった。

学僧は漆喰のくずをとり払った。すると、その奥の堅い大理石に刻まれた文字が 月明りに照されてはっきりと読めた。
学僧の研究している甲骨文字で書かれたそれは、2000年の月日を経てなお、メイル で送られた、画面上の文字のように鮮明であったと言う。

学僧には、それが、恐ろしい始皇帝の焚書抗儒のために永遠に失われてしまった と思われた儒教の教典であることがすぐに分かった。孔子に遅れること二百年の その著者は、「論語」その他の典籍を繙く人生を送っていたが、ある時から、 その本を書くことに生活の全てを注ぎ込んだと言う。自らを孔子の弟子とふれまわる 奇人であったとも伝えられるその著者は、秦の咸陽でその本を完成させたという。 時は不幸にも、紀元前213年。焚書抗儒の直前に脱稿したその本は、断片さえも ほとんど伝わっていなかったのであった。

その本の名は

「網子」
(もうし)



「論語」「大学」「中庸」「春秋」に次ぐ第五の四書と言われ、「孟子」も その亜流であるというこの本が、方務柄寺にその姿を現したのであった。

編者の網子は、姓は「程子」、名は「非」、あざ名は「哀悲」。 俗に「程子非/哀悲」と呼ばれ、後の「網教」のお題目として有名である。

「網子」は、儒教の教えとされるが、また、網子自身の自伝的色彩が色濃く 反映されており、「網子」の教え「網」の本質を、その黎明期において 鋭く喝破した点も注目に値する。

ここにその原文と日本語訳を出版できることは訳者として、研究者として望外の 喜びである。
構成は、原文、読み下し文、現代語訳の順になっている。

方務柄寺で発掘された「網子」の原文は JIS 2022-1990 にの範囲では表記できない 文字をも含んでいるが、できるかぎり原文に近い文字を用いた。

読み下しは、金谷治校注の「論語」岩波文庫版にならい、往時の雰囲気を壊さない よう注意した。

訳文は当時の生活の前提を取り入れ、現代の読者の便宜を計った。

先輩諸兄、ならびに後世のデバッグを待つものである。

網子

學而第一

子曰學而時習之不亦説乎
有朋電簡自遠方來不亦樂乎
人不知而不慍不亦君子乎
子のたわまく、学びて時にこれを習う。また楽しからずや。
朋あり、遠方よりメイル来たる。また喜ばしからずや。
人知らずしてうらみず。また君子ならずや。
先生がおっしゃった。 ネットワークを勉強して時々実験をしてみる。いろんなことが起こって面白いね。 遠くからもメイルを送ってくれる友達がいる。インターネットのおかげだね。 自分のホームページのアクセスが少なくても気にしない。いかにもオタクだね。
有子曰其爲人也孝弟而好犯上者鮮矣
不好犯上而好作亂者未之有也
君子務本本立而道生
孝弟也者其爲仁之本與
有子のいわく、その人となりや、孝弟にして上を犯すことを好む者は少なし。
上を犯すことを好まずして乱を成す者は、未だこれ有らざるなり。
君子は本(もと)を務む。本立ちて道生ず。
孝弟なる者はそれ仁の本たるか。
有子が言った。 「その人がらが親兄弟によく仕える者で、上司に逆らう事を好む者は ほとんどいない。 上司に逆らうことを好まないのに、システムバイオレーションやハッキングを する者は未だに居ない。 君子はインフラの整備に心を砕く。 インフラ整備が出来てはじめて安定したパケットルーティングが確立する。 親兄弟によく仕える者こそが、ネットワーク仁(まごころ)のインフラである。
解説
この後で語られるアクロバティックなLAN使いを支えることになる、 無名の社内パソコンリーダーのあるべき姿を描いた一文として味わい深い。

地道にインフラを整備する者があって、初めて、イントラネットだ、 エリクトロニック・コマースだと最新技術用語をあやつる「策士」の活躍の場 が出来るのである。時代は百家争鳴。次はJavaだ!
子曰巧言令色鮮矣仁
子のたまわく、巧言令色少なし仁。
先生が言われた。「にこやかで弁舌巧みな営業マンがいるSI業者には 技術力は少ないものだよ。」
解説: 営業の口が巧い業者に発注すると必ず失敗する。
曾子曰吾日三省吾網
爲人謀而不忠乎
與朋友交言而不信乎
傳不習乎
曾子のいわく、われ日に三たび我が網を省みる。
人のためにはかりて、忠ならざるか、
朋友と交わりて信ならざるか、
習わざるを伝うるか。
曾子が言われた。「私は日に三度、ネットワークについて検証する。 ユーザーのためと言いながら、ユーザーの利便に反していないか、 知合いにメイルを書いて誠実ではなかったのではないか、 実際に実験していないネットワークの噂話を人に伝えていないか、と。」
子曰道千乘之國敬事而信
節用而愛人使民以時
子のたまわく、千乗の国を導くに、事を敬して信、
用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす。
先生が言われた、「クライアント1000台のドメインを管理するのには 何事も慎重にやってユーザーの信用を得、 無駄な予算を節約してユーザーの環境改善にまわし、 ユーザーに作業を依頼する時には、月末を避けることだ。」
子曰弟子入則孝出則弟
謹而信汎愛網衆而親仁
行有餘力則以學文
子のたまわく、弟子、入りてはすなわち孝、出てはすなわち弟、
謹みて信有り、広く網衆を愛して仁に親しみ、
行ないて余力あれば、すなわち文を学ぶ。
先生が言われた、「新入社員よ、社内では上司に従い、社外では大人しく、 慎み深くして信用を得て、広くネティズンと仲良くしてネットワークの恩恵を 得られるようにする。 (そうすれば、たいていの問題はネットに聞けば解決する) それでもなお余力があれば、マニュアルを勉強しなさい。」
子夏曰賢賢易色事利用者能竭其力
事君能致其身與朋友交言而有信
雖曰未學吾必謂之學矣
子夏がいわく、賢を賢として色に替え、利用者に仕えて良くその力を尽くし、
君に仕えて良くその身を致し、朋友と交わるに言いて信あらば、
未だ学ばすと言うといえども我は必ずこれを学びたりと言わん。
子夏が言われた、「ネットワークの知識のある人をネットワークの達人として 敬愛し、ユーザーの要求には力をつくして対応し、 経営者にもネットワークのことを辛抱強く教え、 ネットワーク上の友達とも信頼できる情報を提供できていれば、 学校でコンピュータを学んでいなくても、私は学んだと言おう。」
子曰君子不重則不威
學則不固
主忠信無友不如己者
過則勿憚改
子のたまわく、君子、重からざればすなわち威あらず。
学べばすなわち固ならず。
忠信を主とし、己れに如かざる者を友とすること無かれ。
過てばすなわち改むるにはばかること無かれ。
先生が言われた、「パワーユーザーは体重が重くないと権威が無い。 (ハッカーはたいていデブのおたく体形である。) 勉強をしていれば、柔軟な発想ができる。 信頼できる情報を提供して、自分に情報をくれない人は友達にしない。 トラブルやバグはすぐに対処するようにする。」
曾子曰愼終追遠
民徳歸厚矣
曾子のいわく、終わりを慎んみ遠きを追えば
民の徳、厚きに帰す。
曾子が言われた、「プロジェクトの最後の仕上げを慎重にし、 達成が難しくても長期目標を明確にする。 そうすると一般社員の意欲も増す。」
子禽問於子貢曰夫子至於是邦也必聞其網
求之與抑與之與
子貢曰夫子温良恭儉讓以得之
夫子之求之也其諸異乎人之求之與
子禽、子貢に問いて曰く、夫子のこの国に至るや、必ずその網を聞く。
これを求めたるか、そもそもこれを与えたるか。
子貢が曰く、夫子は温良恭儉讓、以てこれを得たり。
夫子のこれを求むるや、それこれ人のこれを求むるに異なるか。
子禽が子貢に質問して言った。 「先生がいろんな会社を訪問すると必ずネットワークについて相談を受けます。 これは自分から求められたものでしょうか、それとも相手から求められた ものでしょうか?」 子貢が曰く、「先生は温厚で、すなおで、うやうやしく、倹約家で、へりくだって いる。どの業者とも癒着していない。だからどこでも相談されるのだ。 先生が網の教えを語られるのは、SI業者の営業のような押しつけとは違うのだ。」
十一
子曰上司在觀其志上司遷觀其行
三年無改於父之道可謂孝矣
子のたまわく、課長いませばその志を観、課長遷すればその行ないを観る。
三年、課長の道を改むること無きを、孝と言うべし。
先生が言われた。「課長(上司)が居ればその意図を察する。 上司が左遷(異動)されたら、計画していた事を調べる。 三年間、以前のプロジェクトの方向を変えなければ義理が立つ。」
解説:
目の上の邪魔な上司が左遷された場合、プロジェクト自体を御破算にする ことが良くあるが、それでは投資が無駄になる場合が多い。 しかし、最近のライフサイクルの短さは3年という期間の見直しを迫っている。 3ヵ月程度が良いと言われている。
十二
有子曰網之用和爲貴
先王之道斯爲美
小大由之有所不行
知和而和不以禮節之亦不可行也
有子が曰く、網の用は和を貴しと為す。
先王の道もこれを美と為す。
小大これによるも行なわれざる所あり。
和を知りて和すれども礼を以てこれを節せざれば、また行なわるべからず。
有子が言われた、「ネットワークの運用では、調和が最も重要である。 古代の偉大なネットワーク管理者のルーティングもこれを美徳とした。 しかし、調和を重視しても、小さいことや大きいことでうまくいかない事もある。 調和を知って調和していても、礼をもってこれを制御しないとうまく行かない ものなのである。」
解説:
「礼」というのは失われた理想的ネットワーク管理ツールのことであるらしい。
十三
有子曰信近於義言可復也
恭近於禮遠恥辱也
因不失其親亦可宗也
有子が曰く、信、義に近付けば、言復むべし。
恭、礼に近付けば恥辱に遠ざかる。
よること、その親を失わざれば、また宗とすべし。
有子が言われた、 「技術が信頼できる業者がその上義理堅いのであれば、その言う通りに ネットワークを構築しても良い。 営業の態度が礼に近ければプロジェクトリーダーは恥をかかずに済む。 どの業者にたよるかを間違えなければ、その業者を中心としてやってゆける。」
十四
子曰君子食無求飽居無求安
敏於事而愼於言就有道而正焉
可謂好學也巳矣
子のたまわく、君子は食あかんことを求むること無く、
居安からんことを求むること無し。
事に敏にして言に慎しみ有道につきて正す。
学を好むと言うべきのみ。
先生が言われた、「尊敬されるネットワーク管理者はバンド幅をむさぼっては いけない。自分だけ快適な環境を構築してそこに居座ってはいけない。 ユーザーの要望を敏感に感じて、「何でも出来る」と言うことは慎み、 ネットワークを極めた人に師事して常にネットワークを正しく運用するように 心掛ける。 そうなったらネットワークの勉強を好むと言えるだろうね。」
十五
子貢曰貧而無諂富而無驕何如
子曰可也未若貧而樂道富而好禮者也
子貢曰詩云如切如磋如琢如磨其斯之謂與
子曰賜也始可與言網巳矣
告諸往而知來者也
子貢が曰く、貧しくてへつらうこと無く、富みておごること無きはいかん。 子のたまわく、可なり。いまだ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者には しかざるなり。 子貢が曰く、詩に云う、 切るがごとく、磋するがごとく、琢するがごとく、磨するがごとしとは、それ、これ を言うか。 子のたまわく、賜や、始めてともに網を言うべきのみ。 これに往を告げて来を知る者なり。
子貢が質問して言った、「貧しいネットワーク環境でもくよくよせず、また、 豊富なネットワーク資源を持っていても自慢することない管理者というのは どうでしょうか。」 先生が言われた。「いいんじゃない?。 でも、貧しいネットワーク環境でもルーティングの改善を楽しみながら行ない、 豊富な資源を持っていても、貧しい環境の者にそれに見あった適切なアドバイスが 出来る管理者には及ばないね。」 子貢が言った。 「詩経にある、切磋琢磨、というのはこのことを云うのでしょうか?」 先生が言われた。「子貢よ、はじめて一緒にネットワークのことが話せるね。 上りルーティングの事を話すだけで下りのパケットのことまで分かるようだ。」
十六
子曰不患人之不己知
患己不知人也
子のたまわく、人のおのれを知らざることを患えず、
おのれの人を知らざることを患う。
先生が言われた、「自分の能力が知られないことをくよくよしない。 自分が知らないネットワークの技術があるのではないかと心配することだ。 (ネットワークは日々進歩しているのだから。)」